ラムナン硫酸の抗ウイルス作用

マウスにおけるヒトエグサ由来ラムナン硫酸の抗インフルエンザAウイルス効果

背景と目的

インフルエンザウイルスは、Orthomyxoviridae科に属し、A、B、Cの3種類に分けられます。インフルエンザAおよびBウイルスおいては、毎年世界中で季節性インフルエンザの流行が発生しています。2009年のインフルエンザなど、近年では新しいIFVの出現がパンデミックを引き起こすことが知られており、高病原性鳥インフルエンザウイルス株によるパンデミック出現の危機は、依然として世界的な健康問題となっています。インフルエンザウイルスに加えて、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、および新しいSARS-CoV-2の原因ウイルスであるコロナウイルスが、世界的な保健への脅威として近年浮上しており、これらに関して、新興ウイルス感染症に対する新しい制御戦略が必要となっています。

抗ウイルス薬とワクチンは、ウイルス性疾患を制御するための主要なツールです。しかし、抗インフルエンザ薬などを用いることにより、薬剤耐性株が出現することが問題となります。また、ワクチンはインフルエンザの予防に有用ですが、発育鶏卵を使用したワクチンの製造には6か月以上かかり、H5N1サブタイプなどの鳥インフルエンザウイルスに対するワクチンの製造は、鶏に対する病原性が高いため難しいとされています。これらの問題を克服するためには、新たな機序の抗インフルエンザウイルス剤、免疫賦活化、ウイルス吸着の阻害などの予防的作用を示す薬剤が望まれます。

ヒトエグサ(Monostroma nitidum)は、日本の沿岸の浅瀬で育つ緑藻です。ラムナン硫酸は、緑藻類に含まれる硫酸化多糖類であり、ヒトエグサの主成分として同定されました。ラムナン硫酸は、分岐した側鎖を持つ長い直鎖を形成し硫酸基の置換基を持つラムノースで構成されています。in vitroおよびin vivoの研究では、ラムナン硫酸に抗血液凝固作用、抗ウイルス作用、抗炎症作用、および抗肥満作用があることが報告されています。

パイエル板は、楕円形または円形のリンパ濾胞として腸上皮で観察できます。それらは、管腔内抗原および細菌を取り込む機能を持ち、免疫組織として重要です。パイエル板はマイクロフォールド細胞(M細胞)と呼ばれる特殊な細胞で覆われており、管腔から抗原を捕捉して抗原提示細胞に提示します。ラムナン硫酸は高分子量ですが、M細胞を介してパイエル板に取り込まれ、免疫機能を賦活化すると予想されます。しかしラムナン硫酸がM細胞を介してパイエル板に取り込まれることは直接的にはまだ示されていません。

ラムナン硫酸のインフルエンザウイルスに対する効果を調べる目的でこの研究では、以下の3つの実験を行いました。1)培養細胞を用いたラムナン硫酸の抗ウイルス活性についての検討、2)マウスを用いた抗インフルエンザウイルス効果についての検討、3)高分子であるラムナン硫酸がどのように生体に取り込まれるのかについての検討。

これらの研究結果は、ラムナン硫酸がインフルエンザ治療薬の潜在的な候補であることを示唆しています。

 

実験内容

1)  培養細胞を用いたラムナン硫酸の抗ウイルス活性についての検討

1)-1. ラムナン硫酸はエンベロープを持つウイルスに対して強い抗ウイルス活性を示す

方法:各ウイルス(表1参照)を宿主細胞に感染させ、何も加えていない場合とラムナン硫酸を加えた場合の1~数日後のウイルス数を測定して比較しました。また、表1の抗ウイルス活性のAはウイルス添加時から感染成立までにラムナン硫酸を添加した場合、Bは感染成立直後にラムナン硫酸を添加した場合を示しています。

EC50は50%有効濃度であり、ウイルス数を半数まで抑制した際の濃度を表しています。

CC50は細胞が半数死ぬラムナン硫酸の濃度を表しています。

選択指数(CC50/EC50)は、値が高いほどウイルス抑制の結果がラムナン硫酸の細胞への悪影響によるものとは無関係であることを表します。今回の実験では10以上の値が抗ウイルス活性を示すものと見なしました。

 

結果:ラムナン硫酸は、エンベロープウイルス(HSV-1、HSV-2、HCMV、麻疹ウイルス、おたふく風邪ウイルス、IFV、HIV、ヒトコロナウイルス)に対して強力な抗ウイルス活性を示しました。一方、非エンベロープウイルス(アデノウイルス、ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、ライノウイルス)に対してはほとんど抗ウイルス活性を示しませんでした。この結果から、ラムナン硫酸はエンベロープ型のウイルスに対し強い抗ウイルス作用を持つことがわかりました。

また、ウイルス添加時から感染成立までにラムナン硫酸を添加した場合は、HIVを除く全てのエンベロープウイルスに対し、感染成立直後にラムナン硫酸を添加した場合の値よりも高いことがわかりました。この結果は、ラムナン硫酸がウイルスの感染・増殖の初期段階を阻害する可能性を示しています。

 

表1.RSの抗ウイルス活性.   HSV-1:単純ヘルペスウイルス1型、 HSV-2:単純ヘルペスウイルス2型、HCMV:ヒトサイトメガロウイルス、IFV:インフルエンザAウイルス、HIV:ヒト免疫不全ウイルス

ウイルス 宿主細胞 エンベロープ 細胞毒性
(CC50, µg/mL)
抗ウイルス活性
(EC50, µg/mL)
選択指数
(CC50/EC50)
        A a Bb A B
HSV-1 Vero + 16,000 ± 640 6.5 ± 0.49 31 ± 2.8 2500 ± 93 520 ± 28
HSV-2 Vero + 16,000 ± 640 0.93 ± 0.18 4.7 ± 0.35 17,000 ± 2600 3400 ± 120
HCMV MRC-5 + 12,000 ± 920 1.1 ± 0.18 67 ± 9.9 11,000 ± 930 180 ± 13
麻疹ウイルス Vero + 16,000 ± 640 8.3 ± 0.57 4300 ± 450 1900 ± 210 3.7 ± 0.29
おたふく風邪ウイルス Vero + 16,000 ± 640 1.5 ± 0.19 51 ± 6.4 11,000 ± 910 310 ± 26
IFV MDCK + 17,000 ± 2000 41 ± 6.4 310 ± 42 410 ± 16 55 ± 1.1
HIV HeLa + 9900 ± 780 1.2 ± 0.15 1.2 ± 0.11 8300 ± 370 8300 ± 190
ヒトコロナウイルス MRC-5 + 12,000 ± 1900 0.77 ± 0.17 0.99 ± 0.13 16,000 ± 990 12,000 ± 350
アデノウイルス HeLa 4300 ± 220 480 ± 42 >1000 9.0 ± 0.37 <4
ポリオウイルス Vero 16,000 ± 640 >5000 >5000 <3 <3
コクサッキーウイルス Vero 16,000 ± 640 2600 ± 170 >5000 6.2 ± 0.14 <3
ライノウイルス HeLa 13,000 ± 640 530 ± 29 >1000 25 ± 0.14 <13

 

1)-2. ラムナン硫酸はインフルエンザウイルスの吸着および侵入過程を阻害する

方法:ラムナン硫酸がインフルエンザウイルスの感染・増殖のどの段階に作用しているかを調べるために、図1のようにウイルス感染過程におけるラムナン硫酸の添加時間とインフルエンザウイルス増殖の関係を調べました。

また、ラムナン硫酸の宿主細胞へのウイルス吸着に対する影響を調べるために、ラムナン硫酸とインフルエンザウイルスを混合し、4℃の低温で宿主細胞にウイルスを添加して、低温を維持したまま1時間ウイルスを細胞に吸着させました。その後、細胞に吸着したウイルスの量を測定しました。加えて、ラムナン硫酸のウイルス侵入過程への影響を調べるために、宿主細胞へウイルスを吸着させた後、37℃で培養し図の各時間に細胞外のウイルスをクエン酸緩衝液で不活化し、細胞内ウイルスの量を測定しました。

 

結果:感染中(ウイルス添加時から感染成立までの1時間)にラムナン硫酸を投与した場合において顕著な抗ウイルス活性が見られました。また、ラムナン硫酸はウイルスの細胞への吸着を阻害し、細胞内への侵入過程も阻害することが分かりました。これらの結果は、ラムナン硫酸の標的がウイルスの吸着または侵入を含む初期の事象であることを示しています。

 

 

図1.ラムナン硫酸の添加時間とインフルエンザウイルス増殖抑制の関係

図2.ラムナン硫酸添加によるインフルエンザウイルスの宿主細胞への吸着および侵入抑制作用

2) マウスを用いた抗インフルエンザウイルス効果についての検討

2)-1. ラムナン硫酸は免疫不全マウスのインフルエンザによる死亡率を低下させる

方法:正常マウスおよび5-フルオロウラシル(5-FU)を反復投与した免疫不全マウスそれぞれに、インフルエンザウイルスを感染させ、1日2回5 mgラムナン硫酸を投与した場合と投与していない場合で、感染後の体重および死亡率を比較しました。また、ポジティブコントロールとしてインフルエンザ治療薬であるオセルタミビルを投与した群とも比較しました。

 

結果:正常マウスにおいてはインフルエンザウイルス感染後の体重減少が対照群、ラムナン硫酸投与群において20%ほど見られました。一方で、免疫不全マウスにおいては対照群の体重減少が30%近くでありましたが、ラムナン硫酸投与によって改善傾向が見られました。また、免疫不全マウスの対照群の死亡率が18%であったのに対して、ラムナン硫酸投与群では0%でした。これらの結果は、ラムナン硫酸が致死的なIFV感染から保護できることを示しています。

 

図3.インフルエンザ感染後の体重の変化(感染初日を100%とした)

 

表2.インフルエンザによる死亡率

サンプル FU処理 生存/供試 死亡率 死亡日
対照区 11/11 0%
RS 11/11 0%
オセルタミビル 10/10 0%
対照区 9/11 18% 9、10日目
RS 10/10 0%
オセルタミビル 6/6 0%

 

2)-2. ラムナン硫酸はインフルエンザの際の肺中のウイルス量を低下させる

方法:2)-1で用いたマウスの感染後3日目および7日目の肺と気管支肺胞洗浄液(BALF)中のウイルス量を測定しました。

 

結果:正常マウスにおいて、ラムナン硫酸を投与することにより感染3日目の肺中のウイルス量が50%減少しており、BALF中のウイルス量も減少傾向が見られました。一方、免疫不全マウスにおいては、感染3日目における肺中のウイルス量の減少は見られませんでしたが、BALF中のウイルス量は減少傾向が見られました。また、免疫不全マウスは7日目も感染が持続していましたが、ラムナン硫酸投与により肺中およびBALF中のウイルス量は減少傾向が見られました。これらの結果は、ラムナン硫酸が生体内のインフルエンザウイルス増殖を抑制する効果がある可能性を示しています。

 

図4-1.肺およびBALF中のウイルス量

図4-2. 図4-1のウイルス量をコントロールを100%として示した

 

 

2)-3.ラムナン硫酸はウイルス感染時の抗体産生を促す

方法:2)-1で用いたマウスの感染後3日目、7日目および14日目に血清を採取し、抗体量を測定しました。

 

結果:正常マウス、免疫不全マウスともにラムナン硫酸投与により感染後7、14日目の血液中の抗体量が非投与群に比べて増加していました。一方で、オセルタミビル投与群においては抗体量が非投与群に比べて減少していました。この結果から、ラムナン硫酸は感染時にウイルス特異的抗体産生を刺激する効果があることが示されました。

図5-1.血清中の抗インフルエンザウイルス抗体

図5-2.図5-1の縦軸を実数として示した

 

 

3) 高分子であるラムナン硫酸がどのように生体に取り込まれるのかについての検討 

方法:マウスに蛍光標識したラムナン硫酸を経口投与し、小腸にある免疫組織であるパイエル板を蛍光顕微鏡で観察しました。

 

結果:ラムナン硫酸投与30分後のパイエル板にあるM細胞にラムナン硫酸が取り込まれていることが観察されました。この結果は、また、ラムナン硫酸がM細胞を介してパイエル板に取り込まれることにより、抗体産生を増進する能力を説明していると考えられます。

 

図6.パイエル板の染色画像。FITCは蛍光標識物質

 

(データ:Marine Drugs, 2020, 18(5), 228, DOI: 10.3390/md18050254)